いったん


◇病気には意味がある!で納得する?




遠回りだと思ったのが実は最短距離だった。


それは確かなんだけど、できれば
もっと理想的な最短距離が良かった。











それが理不尽に人生が止まってしまった人の思いだろう。





■身体と病気のメッセージ



摂食障害の経過で起こったすべてに意味がある。



あれほど負担をかけたのに
ちゃんと「飢えへの反応としての過食」を起こし、
カロリーが足りなくなれば生理をストップさせ、
睡眠を浅くし、とにかく死なないようにという態勢にシフトするのです。


過食嘔吐をした後は
気分がとにかく落ち込み、
動きたくもなくなります。
これは過食嘔吐という身体に大変な負担をかけることをしたあとの休息を提供してくれます。
(自分じゃ止まれないから、止まるための要因を自ら作り出すことで自分に急速を与えようとした?)


そして、なんといっても
自分自身が言葉で「SOS」を出せなったときには
病気になってくれました。
摂食障害という病気になったおかげで、
様々なことを学ぶことができ、
周囲との関係も改善することができたのです。



身体には感謝してもしきれないくらいです。



参考文献:
(焦らなくてもいい!「拒食症」「過食症」の正しい治し方と知識 水島広子 日東書院)











◇第二部終了





■伝える視線が欠けていた…


第一部はアメブロ
ただただ愚痴を書いていた。
死にたいと思っていた。


第二部は自己満足に終始した結果になってしまった。
ただただ、気分のままに、自己満足感を味わう道具として
文章を用いていて、全く受信を意識していない発信になってしまった。






タグの付け忘れ、カテゴリーの仕分け方、内容の薄さ、文章の構成と見せ方、
記事の発信者側の自己満足、継続のための継続、などなど、
本来は男性の摂食障害者の人に寄り添えるような、または
男性が罹っても不思議ではないと言う趣旨を大局からの視点で
綴り伝えていければいいなぁと思っていたのですが
振り返ってみれば、なんと分かりにくくて読みにく文献の学術的な表現を
そのまま用いていて、全く噛み砕かれていない自己満足な内容になってしまいました。


自分の事を書きたいのか
摂食障害について書きたいのか、何が目的なのか
ごちゃごちゃしていてとても分かりにくくなってしまいました。



これは恐らくその時の僕の心理状態がたぶんに影響していて
ちょっと調子が悪いときには愚痴のように自分の事を綴り、
役に立つ情報を!と思える余裕があるときにはコンサルタント的な
見地から意見を述べる傾向が強かったのかなぁと思います。


回復者と解決者の視点があっちにこっちに移動して
まとまりませんでした。


いったん、このブログはここで凍結して
もう少し、何を書きたいのかがまとまったブログを
始めていこうと思います。


一緒に悩みを共有するブログ、
大局から分析的に摂食障害を説く、あるいは
社会病理として、さらに大きな場所からの視点で描く、


そういった立場や視点を統一して
伝えられる事を発信していけたらいいなあとと思っています。










とりあえず、
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。


これからも『原因は追究するけど原因を作った犯人は責めない』を
モットーに摂食障害を分析し付き合っていき、いつしか克服できれば
いいかぁと思います。






多謝





http://d.hatena.ne.jp/rebornflat/