のどが渇いた時には、もう水は無い

ほら、若い頃って徹夜しようと泥酔しようと何とか気持ちで乗り切れたじゃないですか。
無理が利いたって言うか、身体が心に支えられていたんですよね。

けれど、この年齢になると逆だってわかったんです。

身体が心を支えているんだって。

(途方もなく霧は流れる 唯川恵















■身体の支えがある内に…



何かが欠けていて、摂食障害になった。


その”何か”を理解するまで10年間かかった。


何かが欠けている事を誤魔化して自分を生かしていくために摂食障害に助けてもらってきた。
だけど不健全な行為には副作用があるのは当然。


”欠けていた何か”を掴まえに行こうとした時、身体はもう、その副作用によって役立たずな状態にまで追い込まれてしまった。


目的地を見つけるために犠牲になってくれた身体。
目的地を見つけたときには、立派な犠牲者になった身体。



かなりの確信を持って苦しい自己分析の果てに得た答えなのに、探しにいけない虚しさ。
アポイントを取ったのは自分なのに営業成績は上司に持っていかれるような徒労感。













どうか皆さんは、身体が精神を支えている内に自分の答えを見つけてください。


精神の欠損感を埋めるために身体は貴方を守ってくれています。







貴方の身体がポンコツになる前に目的地を発見しそこにいける身体を保っていられますように。







女性の方は、新たな命をこの世に迎え入れる際のハンデが、あまりに大きくなってしまわれませんようご自愛を。