心は未消化で良い


摂食障害の語り/中村英代/新曜社)によると、摂食障害
「過度なやせ願望がなくなり、食生活が改善されれば回復する」らしい。





家族とか人間関係とか心の問題とか、
そういうの抜きにして





つまり、原因とか心の空虚感とか、
なんかそういう心理的な部分へのアプローチはそこそこにして
人間として当たり前の機能を回復させていけば
摂食障害からは解放
されるというのだ。








当たり前の機能…




食べたら消化させる。
太るだけのもの食べたら太ってしまう事。
相殺しようとしないこと。
相殺するのは運動など正しい方法で。





当たり前すぎるけど、
どうしても取り戻す事が出来ずに居る動物としての当たり前の基本的な行為を取り戻していけば、治るということなのだ。








そういえば
「吐いているうちは完治しないよ」って主治医も言っていた。




「食べる事じゃなくて吐く事から改善しないといけない」って、前の主治医からも口を酸っぱく言われた。






だとすると、
いつかは「(間違った方法を使ってでも)痩せたい!」という
思いからは訣別
しないといけないのかもって思った。









:痩せている事へのあきらめ。



:太った自分で生きていく覚悟。



:現実の自分を現実の世界で生きていくという
 自己愛的な万能感を捨てる。




こういった、なんとなく捨てなきゃダメだなぁと
分かりきっているけど受け容れ難い事

諦めと覚悟を持って受け容れていく。





分かっているけどできないから困っているのだが…
















ただ、その一方で心の空虚を埋める為に過食という代償行為を行う
という説をどうしても捨てきれない。





過食を取り去るだけでは、
後に大きな穴が空いてしまう。
過食に代わる何かでその部分を埋めることができれば、
それは過食の再発を防ぐ大きな力になるってのは間違いない。



充実感やひと時の満足を与えるもの、
何か生活の目標になるものと持つ事が必要。











心の空洞を埋めていかないと
過食で埋めようとする事を一までもやめられない、
だから心へのアプローチが大切だ、という理論の方が受け容れやすい。




心へのアプローチを諦める事ができない。
なぜ、心のアプローチを捨てられないのかといえば、
「心の問題を解決すれば食欲も正常になる→痩せたままでいられる」
と考えるからだ。



つまり、
どうしても痩せている自分を喪失する恐怖に勝てずにいるっていう
心情が見え隠れ
するのだ。




心の問題だ、過去との対話が必要だ、カウンセリングだ、
っていう訴えには、もしかしたら「痩せたい自分を隠す」という
本人すら気付かない深層心理
があるのかもしれない。










そうなると、ここでも”痩せる事への諦め”
どうして治っていく過程には不可避であることが伺える。








痩せへの諦めというのは




食べる量を制限する事をやめて
たとえ食べ過ぎても、食べてしまった事を受け容れる。
嘔吐して相殺してしまおうと考えない。




っていう、結局は体型へのコダワリを諦めて、
ありのままの自分を受け容れていく覚悟が
自己治療には最も必要
なのだと思う。















で、究極的にはもしかしたら
摂食障害精神科医っていうのは必要ないのかもしれないって思った。


もちろん、嘔吐に対するケアや
生理がとまってしまうことの危険性、
栄養士による身体の仕組みなどは必要だろう。







ただ、「痩せる事だけが価値じゃない」とか
「痩せて何も出来ないよりも太ってでも動きたいように動けた方が楽しい」っていうのは日常の中で患者自身が学んでいって実感するしかない。



どれだけ口頭で先生に諭されても頭では分かっていても
心は動かない。



そもそも、頭ではだめだって分かっているけど
決心が付かないのが摂食障害なのだ。






最終的には自分で自分を治療の軌道に乗せていかないと
いつまでたっても治らないパターンのままに過ごす事になってしまう。











心の未消化な傷つきが解決しなくても治る…ということが
事実だとしたら
まずは食事をシッカリして体調を整える事から始めてみるのも
悪く無いのかもしれない。


もちろん、体調を整えると言う事は
嘔吐せずに食べると言う事を受け容れていくことだ。


たとえ、食べ過ぎてしまっても
それも受け容れていく。


心の未消化な過去が疼いて自分を痛みつけてくるときに
過食に助けてもらわなければならない場面もあるでしょう。




そうしたときも、過食した事に罪悪感を極力感じないようにする。
たとえ感じたとしても嘔吐することで罪悪感から逃れようとしない事。
食べてるのは必要な事なんだって、あきらめて受け容れていく。



心の問題が解決されるに越した事はないが
暗闇の部分を課家ながら行きいくのだって、またそれも人生だ。


だとしたら、まずは身体を作り直して日常を少しでも楽に生きれる自分を取り戻す。


そこからまた、問題に向き合っても
遅すぎることはないだろう。



心と向き合うためにもまずは人間としての機能を回復させていく。


そうすることで、もしかしたら心の領域にも
良い影響を生むかもしれない。










っていうのが、人間との間での問題を、
どうしても乗り越えられずに居る長期化戦士の皆様の救いになるのではないかと思う。







希望があるんだ!って思ってなきゃ、やってられねーです。



摂食障害の語り―「回復」の臨床社会学

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