分かるってのは離れるって事



「自分自身」をいかに把握しているか、という指標は
子どもと大人の境界線を明確にすると思う。


どれだけ自律できているかは、
自分自身を自分でコントロールする、つまり理性を求められるわけだ。







子どもは何が自分で何が大切なものなのかの判断力が無いし
判断の材料もない。





自分を律していくにはまず、どういう自分でどういう時に
良い面と悪い面が表出されるのかを
把握していかなければならない。



自分と自分を繋げる作業が
分かるってことだ。




















自分を分かるってのは
開放されることなんだと思う。



自分を分かるってのは
多分、離れる事だ。


何に悩んでいるのか分からなかった状態、から
何に悩んでいる自分なのかを見つめてわかると
執着が離れていく。





何に苦しんでるんだ!って執着しているけれど、
分かったときには
そこからスーッと離れていける感じ。







何も解決していなくても、
自分の執着に使っていた分だけ、楽になれる。












何に悩んでるんだろう?っていう壁にしがみついていたけれど
壁の正体がなんなのかわかったから、壁にしがみつかなくても良くなって
ふっと力が抜けていく。



ちょっと軽くなって分、また前に進む力となっていく。
壁の正体が分かったので、しがみつかなくても良くなる。
























足るを知る。
なんて言葉があるように自分が名前の無い感情や感覚に襲われたときにはまず、その正体がなんなのかをじっくり見つめる作業が必要なのかもしれない。





正体に気づく事で、
探そうとしていた労力は前に進むための気力に変わっていくだろうし
何よりも、肩を張って緊張していた自分から解放される。




分かる事は離れる事。
離れられたら、それだけで前に進む力が湧いてくる。


正体、原因がわかれば、あとはそれを
解決すればいいだけだから。
















自分で自分を客観視する事。
あるいは、自分の内側を自分でしっかり理解していく事。



自分を視れる力。
これこそが大人と呼ばれるためのヒントであり、
悩み立ち止まった自分を成長させていく重要な能力、なのかもしれない。