摂食障害罹患の本質





食べる機能が壊れてしまっている。
文字通り、胃とか腸、脳や認知の障害と思われがちな摂食障害







なんてことは無い。
摂食障害の本質は情緒障害だ。




























気持ちが幾重と居場所を無くして
食べることに助けを求めているだけ。








食べて吐いてという奇怪な行動の裏には
どうしようもならない情緒(感情)が渦増していたり、
あるいはカラッポな感情に耐えられないという”本丸”が
潜んでいる。



















何らかの嫌な気持ちが湧きあがってくると
それを押さえ込むように、忘れるように
過食拒食嘔吐が始まる。








行き場の無い、負の情緒(感情)を
解消させる健全な手段を持てないから、
代償行為として食べて吐く迂回した解消法なのだ。





































摂食障害(拒食症・過食症過食嘔吐)は
何の為に起こるのか。







それは広義には、たった2つの理由が。













痩せたいから。
痩せた自分を手に入れたいキープしたい。


















という思い、それだけ。














でも、本当の問題は、なぜ痩せたいのか。
自分を痛みつけてまで痩せたい思いの背景を考えていくと、
情緒障害の本丸が見えてくるかもしれない。
























・拒食と過食の共通点










拒食は食べれないのじゃなく食べたくないだけ。
胃が受け付けない状態になったとしても
苦しい訓練をすれば食べれる。


食べないことで得られるのは
痩せたからだと自分を自分でコントロールしているという安心感。








過食症の本質は、びっくりするくらいたくさん食べることではありません。
根っこには拒食症と同じガンコな「やせ願望、太ることへの恐怖」に支配されている。




たくさん食べても吐けば「痩せたい願望」は守れるのです。













拒食も過食も、






痩せていたい。
痩せている自分を感じることの優越感。
自分で食欲や体重をコントロールしている感。
食べても吐けば自分の体型を保っていけるというコントロール感、安心感。









を得るための行動だと言う事が見えてくる。








































痩せること。
痩せている自分で居ること。
痩せた自分を自分で手に入れたというコントロール感。







「痩せる」という概念に執着するのは
どうしてなのか。


執着するほどのメリットは
何なのか。














それは、自尊心に関係しているから。













痩せると、なぜか自尊心が回復する(ように感じる)
そして、価値の無い自分は太ることは許されないと思う。



また、過食や嘔吐は自尊心が低下している自分を忘れさせてくれる。


そして、「体重や体型をコントロールしている自分」を感じることは
自尊心の回復には何よりの薬になる。
自己効力感と言ってもいいのだけれど、
「自分はこの世界で自分の力で得られるモノがあるんだ!生きていけるんだ!!」
っていう感覚は自尊心に多大な影響を与えているのだ。







自尊心、自己効力感が低下している自分でも自分の思い通りになる、
唯一といっていいものが体重。



学校成績とか仕事の成果、人間関係なんかは自分ひとりが努力だけで
コントロールできるものじゃない。
だからせめて、何か自分が完全にコントロールできている対象が欲しい。
自己効力感を感じられるモノが欲しいって。









最も手っ取り早くて身近にあるのが
「痩せる」に付随する成果なのだ。











痩せることによって、
満たされない感情や自尊心を
必死に穴埋めしようとしているのだ思う。

































つまり、満たされない情緒(感情)から自尊心が低下してしまっていて
その感情を忘れる為に大量に食べて大量に吐く。




あるいは、痩せることによって全てがうまくいっているような錯覚を味わって
ニセモノでもいいから自尊心を回復させたい。


また、うまくっていっていない自分を内部に抱えておくと
空しさと怒りがが込み上げてきて我慢できなくなって
過食嘔吐というアクティングアウト(行動化)でもって
情緒を放出したい。
















これらのような、



「自分の内部だけでは対処不可能になってしまった情緒(感情)を
どうにかして内部から追い払ってしまいたい、しなきゃ!!」



という心と身体のSOSの結実が
摂食障害の本丸なのだと結論付けたい。














「どうしようもない情緒(感情)を
 摂食障害過食嘔吐に委ねることでしか
 生きていけません」





という心の叫びなのだと、
ここまでの実体験として結論を出した。














































寂しさとか空、しさと、悔しさ、嫉妬。
病気への怒りとか、自分への怒りとか、社会への怒りとか、
理解利してくれない誰かへの怒りとか、治す為の努力は何をすればいいのか分からない無力感とか…















もーーーーーーーーっ、色んな感情が分け分からなくなって
頭も心もパニック状態になって、もはや






「正常な機能だけじゃ感情を発散させられなくて自分を保っていけない」










って、内側にいる自分が判断して、
このネガティブでモンモンとした感情たちを外に追いやらないと
自分が失われてしまう!!!っていう危機感から
その浄化方法として選ばれたのが摂食障害であり過食嘔吐が選び出されたのだと思う。












それ以外考えられない。

















自尊心が下がっているからマイナス感情が増えていくのか
マイナス感情ばっかりだから自尊心が低下し続けていくのか、
どっちなのかは分からないけれど、
自尊心が低くなりすぎて、
自分の存在が否定されたように感じながら生きることに
人間は、僕は耐えられなかった。











だから、一瞬でも埋めてくれるコト、
忘れさせてくれる存在が必要だったのだ。









そこに居てくれた助け舟が「摂食障害」だったのだ。
























感情の受け皿として受け流し役として
ギリギリの自分を支える為に現れてくれたのだと思った。







大きく深い感情に飲まれて殺されてしまいそうな僕を救ってくれた
紛れもない”恩人”のような存在。











お役ごめんで帰宅の途に着いてもらうには
感情を自分で、どうにか自分を保てるレベルまで発散できる方法を
身につけないとダメなんだろうなぁ。





それまでは、よろしくおねがいします!って感じかな。


















摂食障害のせいで
ギリギリのところまで追い込まれたことも多々あるけど、
ギリギリのところで下支えしてくれていたのもまた、
摂食障害であり過食嘔吐だったのだ。

























食べ過ぎるとか吐くとか痩せるとか、
一般的な摂食障害の「説明」じゃなくて
自分にとって、摂食障害はどういう存在なのか。





それを把握していくと、
解決のヒントが見つかるのかもしれない。