摂食障害の原因集

それまでの人生の中で、自分が誇りにしていたこと、
誇りをもっていた部分が脅かされてしまう。


そして、自尊心が低下してしまい
”痩せる”ことに救いを求めてしまう。










というのが、
概ね共通したパターンなのではないかと思った。













もちろん、それは本人だけが悪いと言う事でもないし
養育者だけが悪いと言う事もない。













7つの識者の分析を集めてみた。
全部ではないかもしれないが、
当てはまる理由が見つかり、
それが小さなキッカケになれば幸いだ。









☆☆















摂食障害になる背景には
「形」へのとらわれに関して注目しておきたいのは
「ありのままの姿で自分を肯定された経験が乏しい」
ということです。






摂食障害になる人は「いい子」が多いといわれていますが、
それは、本人が「いい子」(周りに合わせる子、自己主張しない子)になりやすタイプの子であったというだけでなく、「いい子」でいなければならない事情もあった、ということが殆どです。





拒食症の人は、だいたいが、それまでの自分のルール(自分ひとりで努力すれば、結果が出せる)
が崩れてしまう中で、ダイエットに安心感を求めた結果として病気を発症しています。





しかしその関連性は本人にも意識されておらず、
自分はとにかく痩せたいだけなのだと思っています。






どんな人にも、自分のルールが崩れてしまう時期が人生の中でありますが、そんなときに、身近で信頼できる人に話を打ち明けてありのままの姿を肯定してもらうと、「コントロール感覚」を取り戻して態勢を立て直すことができ、新たなルールを自分で作り出していくことができます。








それができない環境におかれていると、
自分を追い込んで病気へと向かっていく事になります。






水島広子/ダイエット依存症)引用



ダイエット依存症 (こころライブラリー)

ダイエット依存症 (こころライブラリー)





☆☆














拒食症も過食症も思春期の発症が多いのはなぜでしょう?
子供の頃、私達は親を中心とする大人たちの価値観や人間関係の中で子供として暮しています。


常に親を通して社会かと接触しているといっても良いでしょう。



しかし思春期になると親からの一定の距離を置いて
自分なりの価値観や人間関係
を育てなければならなくなります。










そのために生物学的なプロセスが反抗期なのだと思います。


それまで絶対的な存在だった親を疎ましく思うことによって自分の周囲に精神に精神的な空間を作り様々な試行錯誤を積み重ねながら自分の価値観や人間関係を築き上げていくのです。


自分の新たな価値観や人間関係の中に親の価値観や親の存在が位置づけられると思春期が終わり大人になります。


思春期を乗り切るためにはある程度の自尊心が必要です。



思春期は揺らぎと試行錯誤の連続ですが自尊心が低すぎると揺らぎに振り回されたり深く傷ついてしまったりします。


また、試行錯誤をする勇気も持てないということにもなります。





自分は親が居なければ何もできないと思い込んでいる人は
親から独立して自分の価値観や対人関係を育てることができません。外見は大人になっていくのに精神的に大人になれないので摂食障害などの問題が起こってくるのです。









拒食症の人にとって痩せることは二つの要素があります。
一つは努力しただけの結果が得られる達成感と安心感です。




拒食症になる人は、きちんとした性格の人が多いです。
きちんとした、というのは自分のやり方で身の回りをコントロールしておきたい、ということです。


あいまいなことや雑然としたことは苦手です。


これは単なる好き嫌いの次元を超えて、
そうでなければ不安になるというほど強いものです。






拒食症が発症するタイミングを見ると大抵が、
何かがコントロール不能な状態に陥ったときです。



それは自分の成績だったり友人関係だったり家族のことであったり様々なのですが自分が我慢して努力するばできていたこと、が
できなくなったとき
に病気が発症することが多いのです。





直接のきっかけは、体系に関することだったり、
たまたま体調が悪く食べられない状態が続いて体重が減り、
だんだんそれにとらわれてくる、というケースが多いのですが
その頃の生活状況を良く良く聞いてみると、
それまでは努力すればトップクラスだったけれども進学校に入って、どんなに努力しても成績が下位になったとか、
親しいと思っていた人が突然冷たくなったとか、
家族の干渉が強まったとか、いうように
何かしら自分ではコントロール不能な状態に陥っているのです。








思春期になると、より複雑な人間関係の中で生きるようになるになりますから自分の努力だけでコントロールできることは減ってきます。


対人コミュニケーション能力を磨いたり自分の価値観を現実的なものに修正したりすることが思春期の意義そのものなのですから、
この時期は自分の力だけではどうしようもない事との折り合いの付け方を学んでいくことになります。





ところが拒食症になる人は、自分さえ我慢して努力すればというそれまでのやり方を変えないので不適応を起こしてしまうのです。
そんなときに、痩せること、というのは強い味方になります。
体重は食べなければ減ります。






自分がコントロールできる唯一のものに思えてしまうのです。思春期に突入していくだけの自尊心が育っていない場合や、
きっかけとなったストレスが強い場合、思春期のテーマに向き合わせずにそれまでのやり方にしがみついてしまい、
症状だけが進んでしまいます。









水島広子過食症拒食症を対人関係療法で治す)


拒食症・過食症を対人関係療法で治す

拒食症・過食症を対人関係療法で治す










☆☆















摂食障害はなぜおこる?







一般的には思春期になると
小さい頃の性格とは違う自分が芽生えてきます。


摂食障害になりやすい子は小さい頃から「まわりの空気が読める子、気遣いが上手な子、頼まれたらなんでも引き受けてくれる気の利く子」といった「良い子」の特徴を持っています。





ところが思春期になると、今までの良い子とは違う本質の自分が次第に頭をもたげてきます。

自分のやり方や考え方をしっかりと持ち出したり、
自分の段取りやペースを尊重したい欲求が高まってきます。


性格も思いやりのあるおだやかな子だったのが、
きつい激しい面がでてくる子もいます。









かといって子供は今まで持ち続けた「良い子」のレッテルをはがすことはとてもできません。


今まではそれでうまくやってこれたのです。



それを止めるのは何もかも失ってしまうような気がするし、
なんといっても「良い子」だと思い込んでいる両親を悲しませることはできない、と言う気持ちが強いからです。






今までの自分と新しい自分のズレ、
そのズレからくるストレスや窮屈さなどがあるはずなのですが、気づいていない子もいます。
あるいは気づいていても、自分ではどうしていいのか分からない子もいます。









新しい自分の操縦術がわからないまま、
宙に浮いたようなモヤモヤとした気持ちを抱えて不完全燃焼な日々を過ごします。







そんな心の状態のときに思春期の頃によくある「やせてスマートになりたい」気持ちからたまたま始めたダイエット。
やりはじめると自分の意思で自分の体重をコントロールできる爽快感に気づきます。



痩せたい気持ちはいつしか、「痩せ願望」へと変身。







やせてスマートな体型の維持に主体性を持って取り組める快感を味わい、
「私の求めていたものはコレだわ!」といった実感をしっかりと握り締めるのです。



この願望が次第に本人を摂食障害へと追い込んでいくことになります。









本質的には新しく芽生えた「生き甲斐を見つけて、自分らしく生きたい」という健全な願いが後押しをしてますので、
一度陥ると摂食障害の症状からなかなか抜け出すことができないのがこの病気の困難な点です。
また本能である食欲を抑えようと、ムリをするところから更に困難が高まります。






捉えようによっては、
今までの生き方を切り替える時が来た
ということです。


新しく芽生えた自分の持ち味を生かす新しい生き方を見つけ
脱皮することが望まれます。















この目的に向かって努力を積み重ねることが、
摂食障害からの立ち直りの道を開いていきます。


最終的に「食べること」に振り回されることが確実になくなります。







「今までの自分は仮の自分だったな」


と思えるくらい自信が湧いてきたり、


「自分に合った生き方はこれだ!」


という確信がもてる生活が送れだすと摂
食障害から立ち直ったと言えるでしょう。




(福田俊一, 増井昌美 /母と子で克服できる摂食障害ミネルヴァ書房)引用




母と子で克服できる摂食障害――過食症・拒食症からの解放

母と子で克服できる摂食障害――過食症・拒食症からの解放










☆☆














近頃は女性の地位が向上したこと、ならびに
性を不潔視する傾向の激減に伴って、かつての患者達のように
女性として成熟していくことを恐れるという現象は
ほとんどみられません(少数ながら今も存在していますが)が、
平凡な女性になるのはまっぴらだという考えを今日の摂食障害者は人並みに持っています。






これは摂食障害の主導観念がかつての成熟嫌悪から平凡恐怖へと推移したといえるでしょう。





かつてと比べると今日の患者はダ
イエットをしすぎたと訴えることが多い。


痩せていなければカッコワルイ、可愛くないし嫌われると言います。




かつての患者と比べて仲間の評価へのより過剰適応的な振る舞いを示していると言えましょう。


かつての患者達の多くは自分の精神性を高め、女性らしさを避けるための痩せ希求ということを表看板にしていました。
かつての患者は知的な印象を与えるヒトが多かったのですが現在は
あまり知的にはみえない患者さんがむしろ多いとの事です。







(下坂幸三 /摂食障害治療のこつ/金剛出版)


摂食障害治療のこつ

摂食障害治療のこつ






☆☆













一つは、親子関係にあります。


心の中に空いた空洞のような満たされない思いは、じつは今にはじまったことではなく、子供の頃からずっとあったものなのです。




真面目で優秀、親を困らせたことのないタイプにありがちなのですが、
母親が強く厳しい存在である為に、
親子関係が「ギブアンドテイク」の状態になります。




つまり、いい成績をとったら遊園地に連れて行ってあげる、
ピアノのおけいこで先生に褒められたら欲しいおもちゃを買ってあげる、
といった具合に、それができたらお母さんはあなたがすきなのよ、
というご褒美がもらえるわけです。




これでは子供は目の前にニンジンをぶらさげられて
走っている馬と同じです。












そのため子供は、
自分は親に認められる成果をあげないと愛してもらえないと感じるのです。






これをずっと続けていくと、子供は親の顔色をうかがって生きていくので、自分の欲求がなおざりになってしまいます。





本当はこんなことはしたくないのに、という気持ちがあっても
幼いうちは気が付きませんから、
とにかく親にほめられたることをするのです。





このなおざりになった自分の本当の欲求は、ずっと満たされることはなく、できた空洞は大きな空虚感となり、
だんだん楽しみや痛みをともなうようになってきます。




そのため、悲しまないですむよう、痛みを感じないですむように、
知らず知らずのうちに何かにのめりこんでしまいます。



たとえば、気分を変えてくれる物質。
高揚感をもたらしてくれる行為。
心を満たしてくれる関係。




これがエスカレートしていくと「依存症」へと転がっていくのです。




つまり、依存症は
「自己喪失をベースにした苦しい生き方」なのです。













依存症の人は、自分と他人との区別がはっきりしていないという問題があります。


みんなに好かれて受け容れてもらえなければ、と考えているので、
相手のとるべき責任でも自分が肩代わりしてしまいます。


一緒に居る相手がつまらなそうだと、
自分のせいではないかと不安になります。



つまり、どこからどこまでが自分なのか、という
輪郭があいまいなのです。










ですから、今自分はどんな気持ちなのか、何を望んでいるのか
わからなくなることがあります。
そして人生は楽しむものではなく、切り抜けていくものだと思って居ます






依存症の患者さんに、何をやっているときが一番楽しい?と聞いても
特に何も、寝て居る時が楽しい、といった感じの答えが返ってきます。





もしも本当に自分が何をしたいのかわかっていれば、その目的に向かって
建設的なことをするはずです。



わかっていないから、手当たり次第にいろんなものに
依存をして自分を見失ってしまうのです。





(姫野友美/疲れがなかなかとれないのは脳が原因だった/青春出版社
)参考引用

疲れがなかなかとれないのは「脳」が原因だった (青春文庫)

疲れがなかなかとれないのは「脳」が原因だった (青春文庫)
















☆☆














摂食障害を治していくためには、自分の気持ちを話して状況を変えていく
ことが、ある程度できるようになる
必要があります。









これは、いつでも、という意味ではなく、
「病気になるくらいなら、その代わりに」
という程度の感覚です。






摂食障害になるような繊細で思いやりの深い人が
どんな状況でもバシバシと自己主張するようになる、などということは
まずありえないでしょう。








おそらく、一生、繊細で思いやりが深く、どちらかというと自己表現も
控えめなのだと思います。







しかし、摂食障害になったときのように、
自分ひとりで我慢して病気に繋がるくらいなら、
自分の健康を守るために必要なことは話す、というような
バランス感覚を身につけることは重要です。














母親の育て方が原因、という考え方には注意








摂食障害は、生育環境の影響を確かに受けるものです。
しかし、生育環境を母親ひとりが作り出すということは、
あり得ません。



確かに子どもに対して母親が及ぼす影響は絶大ですし、
それだけ大切な存在だということは事実です。


同時に完璧な母親など、どこにもいないことも事実です。








母親が自分の弱点を子どもに向けるような育児しかできなかったのはなぜか、
ということを考えていくと、
決して母親ひとりの責任だといえるようなことはありません。


サポート態勢がなかったり、周囲が母親を追い込むような構造になっていたり
するのです。



例えば、母親が色々な困難を抱えていたとして、
父親はそのことを批判するだけで助けようとしなかったら、
子どもは父親を嫌うと同時に、



「人間は完璧で無いと批判される」
「人間は、所詮は自己中心的で、困った人を助けないものだ」





という部分だけを強く覚えていきます。






欠点があっても、トラブルがあっても、
受け容れあっていけるという人間模様を見て育った子は、
「少しでも太ると自分の価値が下がる」と
思いつめるような人には育たないでしょう。





病気になったのは母親の育て方のせいだ、と
いってしまうと、母親が治療に効果的に参加できないばかりか、
関係者に再び同じ傷をあたえらえっることになってしまうのです。



それでは病気は治りません。




水島広子/焦らなくていい!拒食症過食症の正しい治し方/日東書院本社 )参考引用


焦らなくてもいい!拒食症・過食症の正しい治し方と知識

焦らなくてもいい!拒食症・過食症の正しい治し方と知識








☆☆







優秀な親は指示的になる。
指示的とは、子供に対して親の考えを押し付けることです




子供自身の意志が全く尊重されず、自己が育たない。
けど、親が喜ぶなら子どもは喜んで自分を隠せる。
子供の自主性、主体性を摘み取っている


押し付けるのは、
お母さんの言うとおりに勉強していれば
良い学校に入れて幸せになれるの。だから勉強しなさい。



というようなことです。







親としては、我が子の幸せのためによかれと思ってやっていることなので、子供の自主性、主体性を摘み取っていることに気づきません。




母親が我が子を過大評価すると、自分の子供に何かできないことがあると
いらだちを覚えます。



しかし、子供には子供の考えがあり、時間の流れ方があります。




お母さんがしてあげれば時間は節約されますが、
子供が自分で努力し、考え物事を解決する機会を奪ってしまうのです。
いつも誰かに頼ってて、誰かが手を差し伸べてくれると考えて育った子は、
自分の進む道を自分で選ぶことができません




















糖尿病などの病気には、なりやすい体質となりにくい体質があり、
同じものを同じように食べる家族であっても病気になる人とならない人がいます。
摂食障害にも、なりやすいなりにくいタイプがあります。




なりやすいタイプは、他人の言う事を聞き(従順)
周りに気を使って、なるべく波風を立てないようにする。


多かれ少なかれ平和で過ごしたいと思っているのは誰でもありますが、
自己犠牲をしてでも丸く収まるなら…と自分を犠牲にしてさらなるストレスが。
いわば心優しいタイプです。


反面、融通が利かず、
負けず嫌いという面があります。







また家庭の不和には自分を犠牲にして
調整役を担ってストレスを受けます。


ある時点で、「こんなに私が苦労しているのに、どうしてみんなは私のことをわかってくれないんだろう」と思うのです。









ただ、このような性格だから必ずしも摂食になるわけではないってのは
言うまでも無い。



拒食症・過食症の治し方がわかる本/高木洲一郎, 浜中禎子 主婦と生活社 )参考引用



拒食症・過食症の治し方がわかる本

拒食症・過食症の治し方がわかる本