プレッシャーを掛けてくる人






直接誰かになにかを言われたりはしません。
過食も一応家族は黙認してくれているし…



あからさまに拒絶されたり、家族の非難があったりというのがあるので、
そーゆー点で考えると自分はすごく恵まれてるほうなんだろうなっと思います。








でも、家族の優しさが無言のプレッシャーとなって
締め付けられる時があります。








誰かに直接言われたわけでは無いけれど、
迷惑をかけている、という罪悪感が
無言の声でプレッシャーを掛けているんですよね。








『自分はいま何をしてるんだ…』とか。
町で歩いてる家族連れや、会社勤めの方をみたりすると、
自分と比べてしまって世界の格差を感じます。



エアーポケットに落っこちたみたいに
ぽんっと急に感情が変わったりします。














そんな時に
社会からの声を聞く気がします。






「いつまでそんなままでいるの?」って。


「いつまで、甘えてるの?」って。
















もう、大人にならなきゃって
一番自分が分かっているのに、
それが出来ないから、どうしようもなく
切なくて苦しんでいるのに…。




けど、もう、自分も親も解放してあげたい、です。
















過食の次の日は基本何も食べないようにしたい。
後悔で食べたくない。





だけど、過食衝動ってすごくて。
すぐに負けてしまう。
過食嘔吐を欠かした日は無いって言うくらい。



我慢できて、せいぜい1日が限界かな。


だから友達との食事の約束をしたときなどは最悪です、
ドタキャンが続いて、たくさん迷惑をかけたりがあって、
離れていった友達もいました。



まぁ、私が悪いのでそこは仕方がないんですが…









前の日にきちんと調節しなきゃいけないのに
過食衝動は不規則で、それが抑えきれない自分が情けないです。
まさに食欲にコントロールされてる毎日です。








食欲に勝てて初めて、「時間」を手に入れられる。
そこで負けた日には食べ物の奴隷となるだけ。






















親と食べる習慣がない、ってのは
僕も中学のころから、食卓を囲むことが
なくなりました。









なんか、親と同席すると空気が重たくて
一緒の空間に居ると、詰まっちゃって苦しい気がするんですよね。
あまり、会話してても楽しくない。



きっと、話が弾まないのは
コミュニケーション力が互いに欠如してるんでしょうねー
目的の無い会話ができない人間を受け継いじゃったんです。
っていうのは、ただの言い訳にしかならないですけどね。

















外に出れば、身につけるチャンスなんかいくらでも
あったわけだから。








だから、”誰かと食事する”って言うのも
あまり楽しさがわからなくて、
誘ってくれる数少ない友達の誘いも断ってしまい、
さらに孤独に。






まぁ過食のスイッチが入るのが怖いから
会食は避けてるってのもありますけどね。














家族とは、なんだろう。
愛は与えられて無いかな、って感じです。


物質的には恵まれていたし
お金で困ることもそんなに経験して無い。
だから、恵まれているはず。





けれども、なんというか
心の栄養はもらえなかったなって感じ。



あんまり、家族が大事とか自分が大事だって思えないんですよね
正直。











きっと、愛が欠落した人間なんだと思います。




で、愛がなくて心が不安定で埋まらない所に
過食嘔吐と言うピースがぴったりハマっちゃった。








なんか、そんな感じがするんです。









錯覚だとわかっていても、
食べ物が入ると、ちょっと満たされる。
本当に刹那の瞬間ですけど。




早く、「代わり」を見つけないと。
生きようとする力が消失しきる前に。








過食な心に健全なるエサを与える為に。